プロフィール

石川喜連(いしかわよしまさ)プロフィール

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ブレイクスルーアーティスト

1959年、北関東の、田畑が海のように広がる寒村に命を灯す。
小学〜中学時代:自由奔放な野生児。学年最低の大バカ者。格闘技(プロレス、柔道)、油彩画に熱中。
高校〜大学受験:学力最低の劣等生(偏差値33)。入れる大学がなく受験浪人生活に突入。
浪人時代   6年間という長い暗黒、激闘の日々を送る。来る年来る年受験しても、落とされ続ける。
近所の人から「よっちゃん、今なにしてるの?」と私のことを聞かれるのが、母には大変苦痛だったようで、
(母)「世間の人がお前のことをなんて言ってるか知ってるかい!?お母さん、仕事をしていないお前のことが恥ずかしくて外にも出られないよ!!」
(私)「知るか、そんなもん!勝手に言わせておけ!!親が頭悪いから子供がこうなるんだろ」
・・・こんな怒声が、毎日のように家の中で飛び交い、私の言うことを全て否定する両親との間に烈しい葛藤、確執がうまれ、家出をしたりと家庭崩壊の危機に。自殺を試みるも断念。この時、自分には生きる道しかないことを思い知らされる。
環境の挫折と能力の挫折という、どうにも抗えない人生の「不条理」に苦悩する中、ニヒリズムという美しくも怪しい仮面をまとった思想に惹かれてゆく。
それでも、どん底から這い上がり、壮絶な闘いを挑み続けるアントニオ猪木の生き様に深く共鳴し、持ち前の反骨精神で「ふざけるなぁ!俺はこんなもんじゃないぞ!!」と奮起する。
こうして地獄の裏街道をボロボロになりながら走り続け、33だった偏差値を40伸ばし最高73に到達、遂に目標の大学に合格。(この6年間で、鋼のような忍耐力と不屈の精神力を養う)

大学生時代 : 真っ暗な長い長いトンネル(受験浪人)をくぐり抜けた私は、コミュニケーション能力と喜怒哀楽の感情を失ったまま、様々なアルバイト・肉体労働を体験してゆく。汗とほこり、雨風にまみれながら「こんなこと、自分にはとても続けられない!」と社会の底辺を支える労働者の心情、苦労を思い知る。
社会人時代 : 将来何がやりたいのか全く見えない、まさに大海原で流浪する羅針盤を失った難破船のごとく、社会へ出る。
アルバイターを経て、ベンチャー企業に就職。転職しつつ、訪問営業・電話営業に携わり「俺の人生はこんなはずじゃない、他にやりたいことが必ずあるはずだ!」と思いながら放浪を続ける。(特に電話営業では、鋭い感性、研ぎ澄まされた集中力・クロージングスキルを身につける)
        
幼少期に持っていた本来の人間性を回復するため、体中に浸透していたニヒリズムという麻薬をどうしたら抜き出せるのか、必死になる。そんな折、”話し方・生き方教室” の受講を契機に、ポジティブ思考に転回、ニヒリズムから徐々に脱却へ。
カウンセリング、心理学、哲学、コーチング、NLPを学びながら、心の世界・自分とは何か?生きるとは何か?を追求する。
そしてビジョンアートメソッドの学びの中で、「やっぱりこれだったのか!」と自分が本当にやりたい事の方向性が明確になるとともに、飯田史彦先生の著作と出会い、価値観と人生との関わりに注目。人生の「不条理」と付き合っていく生き方として、飯田先生の提唱するブレイクスルー思考へ突き進む。
また、11年もの婚活を経て、才色兼備の生涯の伴侶を得る。
現在は、”いかにたくましく生き抜くか?”をテーマに、人間の様々なドラマをモチーフとした劇的スピーチ・ドラマチックパフォーマンスに邁進している。        
このように、これまでの半生は、挫折するために生まれてきたような惨憺たるものだった。しかし、見方を変えれば、世の中の他の誰も経験し得ないような凄まじい過酷な体験ができたことは、神様が私だけにくれた、”涙の勲章”なのかもしれない。
ー「喪失」ーこれこそが、凄絶な人生体験から気づいた、人間だれもが経験する人生最大のテーマである、と。
人生の舞台で交錯する愛と憎しみ、喜びと悲しみ、絶望と希望、出会いと別れ、生と死・・・。この交差点で生まれる無二の人間ドラマ。人は何を見つめ、何を想い、何を胸にしまいこむのか。

挫折を繰り返してきた異色の男が、ブレイクスルーアーティストとして生きることを決意して、今ここにスタートを切った。 

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