ノーベル平和賞の廃止論について

ノーベル平和賞の廃止論について

私の知り合いに、ノーベル平和賞は廃止していい、と考える人がいる。
東京大学の現役の女子学生だ(仮にK子さんとする)。

K子さんの論拠は2つある。

1つは、
受賞者の少なからずが、その後期待を裏切る行動に出て、
世界の「失望」を招いているからだという。

近年では、
1991年平和賞を授与された
ミャンマーのアウン・サン・スーチー氏による、
ロヒンギャに対する迫害・弾圧の問題。

1978年、イスラエルのべギン首相は、和平合意を評価され
平和賞を受賞したが、4年後にはレバノン侵攻を命じた。

1994年、パレスチナのアラファト議長は、オスロ合意を評価され
平和賞を受賞したが、その後イスラエルによる占領に対して、
パレスチナ自治政府を率いることになり、

結局アラブ・イスラエル間の紛争解決には至らなかった。

2009年、具体的な平和活動をしてないオバマ米大統領が
”世界平和宣言”をしただけで平和賞を受賞し、
その直後にアフガニスタンの米軍部隊を増強する命令を下した。

 
これらはほんの一部で、
旧ソ連のゴルバチョフ氏、キッシンジャー元米国務長官等のケースも
同じことが言えるのだそうだ。
(・・・さすが東大生!  脱帽である。。)

さて、もう一つの論拠は、

平和賞を決めている人とその決め方に問題があるという。

ノルウェー人の元政治家や官僚の5名のみで構成された委員会で
選考されているのだが、裏では金品の贈呈つまり賄賂が横行している
事実が明るみにされた!

また、その逆の受賞差し止めもしかり。

う〜ん、K子さんの言い分には事実の裏付けがあり説得力がある。

でも、なにか釈然としない。もし、この賞がなくなったとしたら・・・
  

 

私は、以下のような自分の考えを伝え、異論を唱えたい。

二つ目の論拠について

外部の第3者による監視機関を置き、規制の強化、罰則規定を設ける。

そしてこの機関は国連の管轄下に置き、
国連の職員または国連で厳選したノルウェー以外の国の
裁判官経験者で構成したらどうかと提案したい。

一つ目の論拠について

平和賞は、他の賞と異なる特殊性がある。

”歴史は繰り返される” ように、
世界情勢ことに状況が激動する紛争地域では、

政治という妥協の産物にかかわるものとして、
その姿勢が変化するのはやむを得ない!

そんななか、平和賞は
ふだんメディアを通して見聞きできない重要な現実を
私たちに紹介してくれる。

たとえば、2018年に平和賞を受賞した、
コンゴ民主共和国の医師デニ・ムクウェゲ氏(63)

イスラム国(IS)による性暴力の被害救済を訴える
ナディム・ムラド氏(25)だ。

(以下は、私がラジオやネットから収集した情報だ)

ムクウェゲ氏は、性被害にあった女性の治療に取り組んでいるが、
内戦が続くこの国での女性に対する性暴力はすさまじく、

家族の面前でレイプされ、
性器を火であぶられたり薬品をかけられたり、
輪姦され、逃げると殺害される。

レイプされた女性は、汚れていると見なされ家庭に戻れなくなる。
生まれた子供は阻害され、影響は化学兵器のように
何世代にもわたって続く。

ムラド氏は、自身がISによる性暴力の被害者。

ISは対立する教徒を大量虐殺し、若い女性や子供を
性奴隷として陵辱。高齢女性は殺害された。

こうして性暴力は支配者と被支配者の力関係を叩き込み、
ゆくゆくは壊滅に追い込むための”兵器”となった。

命からがら逃げた女性の中には、妊娠していたため
家族や親戚から
「なぜISの子を産んだんだ」「早く殺してしまえ」
と責められ、自殺した者もいる。

父親が妊娠した娘を殺し、兄が妊娠した妹を殺す・・・
聞いて疑いたくなるような悲劇が、現実に起きているという。

以上のような衝撃的な真実は、
2人の活動に対して平和賞が授与されたからこそ、
世界中に知られるようになった!!

たとえノーベル平和賞は、
それ相応の問題をはらんでいるとしても、

その特殊性を踏まえたうえで、
歴史の世界遺産として記憶にとどめ、

未来に向けてどう解決していったらいいか
私たち1人ひとりが解かなければならない
重要な課題を提示した

  ”問題集” と言える。

その意味で、平和賞の存続には意義がある。

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