感動する(胸にグッとくる・心に響く)スピーチの核になるものとは?

 感動する(胸にグッとくる・心に響く)スピーチの核になるものとは?

「また、松下幸之助さんの話しかよ・・・」
「なんで、ここで稲盛さんの話しが出てくるんだよ??」

経営者の講話をきいて、
違和感というかを白々しさを感じるときがあるのは、
私だけだろうか・・。

ことに若手の講師が、
経営マネジメント等のセミナーで、
終盤に突如このような著名人を引き合いに出すことがあり、
私などは”えっ!?”と拍子抜けしてしまう。

「本人自身の体験談と言葉で伝えようとしないのかなあ・・・
              自信がないんだろうか・・?」

ある講師は、
自分の会社を立ち上げたとき、
経営危機を乗り越えたときの苦労話を
十分し尽くした後に、

いきなり松下幸之助さんが語ったメッセージを3分間近く
とうとうとそらんじて見せて、スピーチを締めた。

”経営の神様”を尊敬する気持ちはわかるが、
サラッと触れるか触れないか程度でいいのではないか。

そうしないと、
”経営の神様”という大きな存在の陰に、
この人の苦労話が隠れてしまうのだ。

また、都内の某講師養成セミナーに参加したときのこと。

30代後半のバリバリの現役講師で、
非の打ち所がないパーフェクトなスピーチをする男性が
受講生として参加していた。

ただ、この方の話には、
なぜか(少なくとも私には)心に響くものがないのだ。

インストラクターの女性がこの男性にこう言った。
『あなたの話には、あなた自身の顔が見えないのよねえ・・・」と。

”どういう意味なんだろう?”とそばで聞いていた私は思っていたが、
 ある時この疑問が解けた。
たまたま隣席にいたこの男性が、私にもらしたひとこと・・・

  ー 私は、挫折っていうものを経験したことがないんですよ ー

”ああ・・これか!”

私の抱えていたスッキリしない感の原因がここにあった。
確かに、愚鈍で要領の悪い私と違い、
優秀でリーダーシップがあり容姿も申し分ない彼には、挫折は似合わない。

数日後、彼のスピーチの順番が再度回ってきた。
スピーチに、どんな変化があるのかないのか、私はワクワクして聴いた。

内容は、かつて勤務していた企業で
新規プロジェクトチームのリーダーとして体験した、
マネジメントに関わるジレンマの話だった。

引き込まれるような堂々たる弁舌と
パフォーマンスのまま終わるのかと思いきや、
まとめの段階で、唐突に松下幸之助の格言を持ち出し、
解説をしてスピーチを終えた。

”うう・・ん 、こう来たか!
インストラクターの助言がまったく活かされてないじゃん・・”
私は、拍手を送りながら胸の内でつぶやいた。

だれもが知る松下氏の挫折とこの講師の挫折(?)
あまりにもギャップが大きすぎて、
素直に受け入れられなかったのだ。

では、なぜ、著名人を引き合いに出そうとするのか?

思うに、話の内容に重みを持たせ、権威付けをしようとする意識が
働いているのではないか。

日本中で講演をしている当セミナーのインストラクターは、

”大きな挫折を乗り越えて来た人の話は、聴く人の心を動かすパワーを持っている”
”挫折は、その人を劇的に成長させる原動力となる”

という信念をもっていたが、まさにそのとおりだ!

スピーチには、その人の人間性が現れる。
スピーチは、その人の人生・価値観そのものだ。

大した挫折を経験してない人が、
どんなに流ちょうで素晴らしい話をしたところで、
苦労人は、それが借りものであり
内容の浅いものであることを、見抜いてしまう。

みなさんが聴きたいのは、

あなたが味わった救いようのない(深い)挫折体験であり、
そのどん底でもがき苦しみ、
そこから死に物狂いで立ち上がろうとするあなたの姿であり、

やがて修羅場から抜け出したあなただからこそ導き出せた
価値観・人生観は何か・・・ということだ。

他は何もいらない。
松下幸之助氏の話が出てくる幕はどこにもない。

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